8月、戦争について考える3冊

8月、戦争について考える3冊

今月は、広島、長崎に原爆が落とされた8月。
8月15日は終戦の日、そして敗戦の日です。

今回は、戦争によって大きく時代が動き、そのなかで生きた人々の記録を残す3冊を選びました。

戦争そのものを写したものだけではありません。

残された物、戦後を生きた家族、そして日常を取り戻していく街。

大きな歴史として戦争を見るだけではなく、そこに暮らしていた一人ひとりの時間として見つめることで、今につながっているものが少し見えてくるように思います。


『アサヒカメラ増刊9 ヒロシマ / HIROSHIMA』 土田ヒロミ

土田ヒロミ: TSUCHIDA Hiromi『ヒロシマ / HIROSHIMA』アサヒカメラ増刊9、広島平和記念資料館の被爆資料を記録した写真集

土田ヒロミさんが長年取り組んできた「ヒロシマ」の記録を、「ヒロシマ・コレクション」「ヒロシマ・1945〜1979」「ヒロシマ・モニュメント」の三部で構成した一冊です。

「ヒロシマ・コレクション」に写されているのは、広島平和記念資料館に残された衣類や弁当箱、日用品など。

今では「被爆資料」と呼ばれる物ですが、もともとは誰かが着ていた服であり、誰かが使っていた弁当箱です。

土田ヒロミ: TSUCHIDA Hiromi『ヒロシマ / HIROSHIMA』アサヒカメラ増刊9、広島平和記念資料館の被爆資料を記録した写真集

ひとつひとつの物に、一人の人間とその人の暮らしが確かに存在していた。

「ヒロシマ・1945〜1979」では、被爆体験記『原爆の子』に作文を寄せた人々を再び訪ね、「ヒロシマ・モニュメント」では、街路樹や橋、建物など、現在の広島に残る痕跡を追っています。

現在の広島には日常があり、人が暮らしています。

街が変わり、過去の出来事が表面から見えにくくなっても、そこで起きたことまでなくなるわけではありません。

物、人、そして街。

異なるものを通して、1945年8月6日から続いてきた時間を見つめる写真集です。


『芋っ子ヨッチャンの一生』 影山光洋

芋っ子ヨッチャンの一生(フォト・ミュゼ) - 影山光洋 / KAGEYAMA Koyo - 文福

影山光洋さんが、自身の三男・賀彦(よしひこ)、よっちゃんを撮り続けた写真集です。

よっちゃんが生まれたのは1946年。

戦争が終わった翌年です。

「ぼくは芋っ子だから」と、さつま芋をうれしそうに食べる子どもだったそうです。

写真には、食卓を囲む家族、遊びに夢中になる姿、病床で過ごす時間が残されています。

芋っ子ヨッチャンの一生(フォト・ミュゼ) - 影山光洋 / KAGEYAMA Koyo - 文福

そして1951年、よっちゃんは結核性脳膜炎により5歳で亡くなりました。

戦争は1945年に終わりました。

でも、その日を境に人々の暮らしが元に戻ったわけではありません。

敗戦後の食糧難や貧困、病気。十分な医療や福祉が行き届かなかった時代に、幼くして命を落とした子どもたちは少なくありませんでした。

それでも、この本を見ていて強く感じるのは、時代の悲惨さだけではありません。

父親が子どもを見る眼差しがあります。

芋を食べる。遊ぶ。家族と過ごす。

どんな時代であっても、そこには誰かを大切に思う、ごく普通の時間がありました。

よっちゃん一人の短い人生を記録した、とても私的な写真集。

だからこそ、その向こうにいた無数の家族や子どもたちのことまで考えてしまいます。


『HIROSHIMA 1965』 石黒健治

石黒健治 HIROSHIMA 1965 - Akio Nagasawa Publishing - 文福

1965年。

原爆投下から20年を迎えた広島を、石黒健治さんが撮影した作品。

20年という時間のなかで街は復興し、人々の生活も戻っていました。

石黒さんがカメラを向けたのは、原爆の惨禍を直接示すものではありません。

観光地となった原爆ドームに訪れる外国人や街角、人々の日常。

一見すれば、ごく普通の都市の風景です。

石黒健治 HIROSHIMA 1965 - Akio Nagasawa Publishing - 文福

しかし石黒さんは、その街に言葉にしにくい違和感を感じていました。

彼が「焦げたエアー」と言っていたものです。

街が日常を取り戻しても、過去がなくなるわけではない。

目には見えなくても、その土地に残り続けているなにかがある。

『HIROSHIMA 1965』を見ていると、そんなことを考えます。

戦争を直接写さず、その後の日常を写すことで、かえって過去の存在を感じさせる写真集です。


3冊を並べてみると、それぞれが見つめている時間は違います。

土田ヒロミさんは、残された物、人、都市の痕跡からヒロシマの記憶を辿る。

影山光洋さんは、敗戦の翌年に生まれた一人の子どもと、その家族の時間を残す。

石黒健治さんは、20年後、日常を取り戻した広島の街に残る見えない気配を写す。

戦争について考えるとき、国や立場によって見えている歴史や記憶は違うと思います。

それでも、その大きな流れのなかに、ひとりひとりの生活があったことは変わりません。

戦争について本を通して知ることは、誰かを憎むためではなく、同じことを繰り返さないためでもあると思っています。

平和という言葉はぼんやりとしていて、遠く感じます。

でも、目の前にいる人を大切にすることや、自分とは違う場所で生きる人の痛みを想像おもいやることなら、もう少し身近なところから始められる気がします。

国や言葉が違っても、人が誰かを大切に思う気持ちは、それほど違わないはずです。

過去に目を向けながら、これから先も、人と人が憎しみではなく、愛情をもって隣り合える世界であってほしい。

8月15日に、そんなことを考えながらこの3冊を選びました。

平和と愛を。

➤『アサヒカメラ増刊9 ヒロシマ / HIROSHIMA』 土田ヒロミ
➤『芋っ子ヨッチャンの一生』 影山光洋
➤『HIROSHIMA 1965』 石黒健治

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